企業分析|2026.10.05

売上の14%が原価ほぼゼロという中身

売上の14%が原価ほぼゼロという中身

売上の13.7%が、原価をほとんど伴わない会社

医療用医薬品の研究・開発・製造・販売を手がける中外製薬(証券コード4519・東証プライム)。2025年12月期のIFRS実績は、売上収益1兆2,579億円、営業利益5,988億円(営業利益率47.60%)、親会社株主に帰属する当期利益4,340億円でした。会社が公式に開示する非IFRS指標であるCore実績では、Core営業利益6,232億円(Core営業利益率49.5%)です。

この記事では、この2系統の数値を区別しながら、同社の収益構造を財務データから読み解きます。投資判断ではなく、外部支援者の実務目線で「なぜ、どうやって」を確認するための記事です。なお、医薬品の有効性・安全性、対象疾患、患者に関する記述は行いません。扱うのは製品名と金額のみです。

収益の3本目の柱――ロイヤルティ及びプロフィットシェア収入

同社は報告セグメントを「医薬品事業」の単一セグメントとして開示しているため、セグメント別の数字から構造を読むことはできません。代わりに手がかりになるのが、収益の区分です。同社の売上は「国内製商品売上」「海外製商品売上」「ロイヤルティ及びプロフィットシェア収入」の3つに分かれています。

区分20212022202320242025
ロイヤルティ及びプロフィットシェア収入(億円)1,8721,2321,2751,4741,727
対Core売上収益比18.72%10.55%11.47%12.59%13.73%

2025年のロイヤルティ及びプロフィットシェア収入は1,727億円、売上収益の13.7%を占めます。このうち1,633億円(94.6%)が、エフ・ホフマン・ラ・ロシュ社からのものです。

この収入の特徴は、知的財産権の使用許諾と海外販売利益の分配に対する対価であり、製造・物流・販売の原価がほとんど対応しない点にあります。つまり1,727億円は、ほぼそのまま売上総利益に、そして営業利益に積み上がります。2025年の営業利益5,988億円に対して、この収入は28.8%に相当する計算です。

ただし、この収入を「毎年安定して積み上がるストック」と見るのは正確ではありません。2022年には前年比34.2%減という大きな落ち込みがありました。会社の説明としては、主力製品の出荷形態の変更に伴う反動減とされています。2023年以降は年平均15〜18%で回復していますが、2025年の1,727億円は、2021年の1,872億円をまだ下回っています。取引の継続性と、金額の安定性は別の話だという点は、この数字からも確認できます。

何を自社に残し、何を委ねるか

同社の構造を機能で分解すると、次のように整理できます。これは開示情報と財務事実からの整理であり、同社が公式にこの形で説明しているものではありません。

機能自社に残しているか財務諸表での現れ方
創薬技術基盤・候補化合物の創出残している研究開発費1,876億円(2025年、売上比14.91%)
早期臨床試験まで残している同上
国内の販売・情報提供残している販売費及び一般管理費1,165億円(2025年)
原薬・製品の製造残している売上原価3,637億円、棚卸資産2,768億円
海外の大型臨床試験委ねている費用が計上されない
海外の販売網・マーケティング委ねている販管費が売上の9%台にとどまる

海外で売れた分の利益をすべて自社で取らない代わりに、その市場で売るための投資と固定費も持たない――この交換が成立しているのは、機能を手放しても知的財産権が残るからです。手放した機能の対価が、前章で見たロイヤルティ及びプロフィットシェア収入という形で戻ってきます。

この交換には裏側があります。主要顧客であるロシュ社向けの売上収益比率は、5期で次のように推移しています。

20212022202320242025
ロシュ社向け比率45.03%38.31%46.06%55.76%57.56%

2025年、売上収益の57.56%が1社との取引です。海外の大型臨床開発と販売網を自社で持たない代わりに、その機能を担う相手が売上の6割近くを占める――「機能を委ねる」ことと「1社に依存する」ことは、この事例では同じ事象の表と裏です。効率と集中のトレードオフであり、どちらが正しいという話ではありませんが、外部支援者として押さえるべきは、この会社の売上の過半が1社との契約に基づく取引であり、契約条件の改定が損益に直結する構造にある、という点です。

営業利益率47.6%を、「儲けすぎ」と読まない理由

同社の営業利益率47.60%(2025年、IFRS)は高い水準です。ただし、この数字を評価する前に置くべき会計上の特性があります。医薬品の研究開発費は、原則として発生した期に全額費用処理されます。

項目202120222023202420255期累計
研究開発費(億円)1,3731,4961,7491,8141,8768,308
対売上収益比13.73%11.88%15.73%15.50%14.91%14.33%

5期累計で8,308億円が損益計算書を通っていますが、その大半は貸借対照表に資産として残っていません。将来の製品につながる投資でありながら、投資として計上されず、当期の利益を押し下げる形で処理されているということです。つまり営業利益率47.6%という数字は、「投資を全部差し引いた後の利益率」です。

同時に、この構造を単純な効率性の指標と読むこともできません。この会社の固定費(販管費と研究開発費の合計)のうち、61.7%(2025年)が研究開発費です。そして、その支出の大半は製品にならずに終わります。2025年のCore実績の調整項目には「経営判断による自社開発一括中止費用等164億円」が計上されています。これは、進めていた自社開発を止めたという意思決定が、金額として財務諸表に現れた箇所です。成功した製品の利益だけを見れば高収益に見えますが、その裏には成功しなかった投資が同じ損益計算書の中で既に費用処理されています。

原価率8.2ポイント改善の正体

同社のIFRS売上原価率は、2023年37.19%から2024年28.99%へ、8.20ポイント改善しています。5期を通じて最大の変化です。

20212022202320242025
売上原価率33.82%37.80%37.19%28.99%28.91%

この改善を「原価構造そのものが良くなった」と読みたくなりますが、実際には、政府向けの一括納入契約に基づく特殊案件(国内向け)の売上が消滅したことによる、構成比の変化と見るのが自然です。同案件の売上は774→2,037→812→0→0億円と推移しており、2022年に原価率を押し上げ、2024年以降の消滅とともに原価率が下がっています。一過性の要素を識別せずに5期の利益率を並べると、「毎年きれいに良くなっている会社」に見えますが、実際にはそう単純ではありません。

ROEが下がった理由は、収益性の悪化ではありません

資本効率の指標も、単純な前年比較では実態を見誤ります。同社のROEは、5期で28.0%から22.1%へ低下しています。ここだけを見ると「収益性が落ちた」と読みたくなりますが、デュポン分解で要因を分けると、様相が変わります。

指標20212022202320242025
当期純利益率30.3%29.7%29.3%33.1%34.5%
総資産回転率0.72回0.74回0.58回0.57回0.54回
ROE28.0%28.7%21.3%22.0%22.1%

当期純利益率はむしろ30.3%から34.5%へ改善しています。ROE低下の主因は、総資産回転率の低下(0.72回→0.54回)です。その正体は、現金及び有価証券の積み上がりです。5期で総資産は9,299億円増えましたが、そのうち5,077億円(54.6%)が現金・有価証券の増加でした。2025年末で現金・有価証券は9,797億円、総資産の39.69%を占めます。

事業に投下されていない資産が総資産の4割を占めるということは、総資産を分母に取る指標は、事業そのものの効率を測っていないということです。会社が公式に開示する、非事業性資産を除いたNOA基準のCore ROICは34.6〜44.3%で推移しており、自己資本ベースの簡易ROIC(21.0〜28.8%)とは最大22ポイントの差があります。同じ「ROIC」というラベルでも、分母の定義次第で答えが倍近く変わるということです。

無借金・高収益・現金積み上がりというこの構図は、本シリーズで扱ってきたキーエンス(FAセンサ)と同じ形をしています。当時のレポートでは「内部留保した現金が事業利回りより低い運用利回りでしか回らない構造が、ROEを押し下げている」と整理しました。ただし両社には違いもあります。中外製薬には、研究開発、生産設備、外部からの導入といった、現金の使い道が構造的に存在するという点です。

実務への示唆:自社に置き換えるとどうなるか

ここまでの構造から、規模を問わず転用できる論点が3つ浮かびます。

1. 「委ねる」ときは、「残るもの」を先に決める。 中外製薬が海外の臨床開発・販売網を手放しても収益が戻ってくるのは、知的財産権が残るからです。外注・アライアンスを検討する際は、「その機能を外に出したら、自社に何が残るか」を先に書き出すことが判断基準になります。残るものが「顧客との関係」だけの場合、その関係を担う機能を外に出すと、次の取引で外注先が直接顧客とつながる余地が生まれます。

2. 「投資なのに費用として処理されるもの」を、損益計算書の外で管理する。 研究開発費に限らず、人材育成、新規事業の立ち上げ費用、業務システムの内製開発工数は、将来の収益につながる支出でありながら会計上は当期の費用です。「今期の販管費が増えた」と見るのではなく、「そのうちいくらが将来のための支出か」を分けて記録しておけば、業績が悪化したときに何を削っても将来に響かないかを判断できます。

3. 一過性を識別する定義を、先に文書化する。 同社はCore実績という形で一過性項目を分離しています。補助金、保険金、一時的な大口案件を毎期その場で判断していると、良い年は経常的に見せ、悪い年は一過性のせいにする、という運用に流れがちです。「何を一過性とするか」を期首に文書化し、期中は変えない。この規律だけで、自社の実力値が見える化します。

生成AI・テクノロジーの視点

公開情報によれば、同社は全社共通の生成AI基盤を整備し、創薬領域での文献検索、臨床開発・薬事領域での文書作成支援、営業領域での対話シミュレーターなど、幅広い業務での活用が進んでいるとされています。これらの数値は同社の有価証券報告書・決算短信では確認できておらず、要確認情報として扱います。

一方で、AI活用を阻む壁の性質は、他業種とは異なります。医薬品の品質・安全性を担保する規制の下では、規制当局への申請書類や安全管理情報について、生成AIが出力した結果をそのまま採用することはできません。人による検証、原本文書との突き合わせ、ログの保存といったプロセスが必要になります。

これは「AIが使えない」という話ではなく、「AIの使い方の設計が違う」という話です。生成AIの導入効果を「人が介在しなくなること」で測ると、この業界では効果が出ません。測るべきは、「人が介在する部分を、どこまで検証に集中させられるか」です。下書きの作成をAIが担い、人が検証と責任を担う。その分担において、AIの出力がどこから来たかを追跡できる状態が、規制上の要件になります。

規制産業が規制上やらざるを得ないこの設計は、他業界にとっても示唆があります。契約書、見積書、顧客への回答、社外公表資料――どの会社にも「間違えると取り返しがつかない文書」があります。(1)どの種類の文書は、AIの出力をそのまま出してよいか。(2)そのまま出してはいけない文書について、誰が、何を確認したら出せるか。(3)確認した記録を、どこに、どの形で残すか。この3つを決めるだけで、運用の型ができます。

外部支援の入口はどこにあるか

同社は5期累計の営業キャッシュ・フローが1兆7,675億円、有利子負債が実質ゼロという企業です。資金や体力の問題で外部を必要としている会社ではありません。外部が入る余地があるとすれば、「社内では利害が絡んで決めにくいことを、定義と数字を根拠に決められる状態にする」という機能に対してです。

具体的には、規制産業に共通する2つの領域が入口になり得ます。1つは、生成AI出力の検証プロセスとトレーサビリティの設計です。「作る」工程が高速化した分だけ「検証する」工程に負荷が移る構造があり、この設計がAI活用の効果を実際の業務時間短縮に転換できるかどうかを左右します。

もう1つは、超長期投資の進捗の節目管理です。研究開発費は年1,876億円(2025年)で、その大半は製品にならずに終わります。「進める・止める」の判断を、判断者の経験ではなく定義された基準で行い、その判断過程を記録として残す仕組みです。2025年の「経営判断による自社開発一括中止費用等164億円」は、止める判断が実際に行われた記録ですが、対象を「これから節目を迎える案件の前提監視」に置くほうが、社内では通りやすいと考えられます。過去の判断を検証する設計は、社内で受け入れられにくいためです。

いずれも、同社の競争優位の中核である創薬技術基盤や規制当局との折衝そのものに踏み込むものではありません。中核の周辺で、判断を支える情報がどう流れているかの設計です。

注意点

  • 本記事は投資判断を目的としたものではなく、同社の経営判断・投資判断・事業ポートフォリオを批判する趣旨のものでもありません。
  • 医薬品の有効性・安全性、対象疾患、患者に関する記述は一切行っていません。製品については売上金額のみを扱っています。
  • 薬価制度については、企業の収益構造への影響という観点でのみ扱い、政策の是非には立ち入っていません。
  • 生成AI活用に関する数値・事例は公開情報に基づく要確認情報であり、同社の有価証券報告書・決算短信では確認できていません。
  • ロシュ社の持株比率、個別製品のロイヤルティ料率、契約の詳細は開示されていないため、本記事では扱っていません。

まとめ

  • 中外製薬のロイヤルティ及びプロフィットシェア収入は2025年に1,727億円、売上収益の13.7%を占め、原価をほとんど伴わずに営業利益へ積み上がります。ただし金額の振れ幅は大きく、2025年の水準はまだ2021年を下回っています
  • 海外の臨床開発・販売網をロシュ社に委ねる代わりにロイヤルティを受け取るという構造は、同時にロシュ社向け売上比率57.56%という依存を伴います。「委ねる」ことと「依存する」ことは表裏の関係です
  • 営業利益率47.6%は、年間1,876億円の研究開発費を全額差し引いた後の数字です。その大半は製品にならずに終わるため、「儲けすぎ」という評価は数字の性質と噛み合いません
  • 原価率が2023年から2024年にかけて8.2ポイント改善したのは、原価構造そのものの改善というより、政府向け特殊案件の消滅による構成比の変化と読むのが自然です
  • ROEが28.0%から22.1%へ低下した主因は、純利益率の悪化ではなく(むしろ30.3%→34.5%へ改善)、現金・有価証券の積み上がりによる総資産回転率の低下です

この構造を正確に理解した上で対話に臨むことが、BtoB外部支援者が製薬企業という取引先・パートナー候補と向き合う際の出発点になると考えられます。


「財務データから提案の急所を見つける」—— これが私たちの企業分析の視点です

SeedsConnectでは、上場企業・成長企業の事業構造・財務構造を外部支援者の実務目線で読み解き、「どこから入るか」の仮説設計を支援しています。

「自社の強みがこの企業に響くか判断したい」 「提案に先立って相手企業の構造を整理したい」 「大手と競合せず、自社の立ち位置を明確にしたい」

そんなご相談を、まずはお気軽にどうぞ。

→ お問い合わせはこちら


本記事の分析は公開情報(有価証券報告書等)をもとにした外部支援者視点の考察です。投資判断を目的とするものではなく、同社の経営や財務戦略を批判する趣旨のものでもありません。

← ブログ一覧へ